大脱走
*この記事は以前載せた「カエルのココロ」の最終章です。
カエルの季節が終わった。
10月18日は幼稚園の稲刈りだった。ケロちゃんとコロちゃんに「生まれ育った田んぼに返す」と約束したその日である。気温がだんだん低くなってくると、カエルたちも活動が鈍くなる。一時期、とりつかれたように家出を繰り返していたコロちゃんも、寒さのせいかここのところおとなしい。それで油断したのがまずかった。稲刈りの前の晩、いつも上にかけていた紙のおおいを忘れた。そして、さあ水槽を持って出かけようかと思ったとき、またまたコロちゃんがいないのに気づいた。
まったく!!!
コロちゃん、そんなにこのうちにいたかったのかな。
結局この日は取りやめた。ケロちゃんだけ帰した後に、コロちゃんが帰ってきたら寂しいだろうと思ったのだ。どうせ2,3日すれば見つかるさという思いもあった。仕方がないから、お別れを言う次の日取りは脱穀の日、11月8日と決め、そのまま田んぼに向かった。
幼稚園の稲刈りは手刈りだった。二手に分かれて周囲から稲を刈っていく。学童さんと共同で借りているので、小学生の子どもたちも一緒に刈る。
農薬を使っていない田んぼなので、生き物がたくさん住んでいる。稲が刈られるということは、生き物にとっては住処が無くなることを意味する。稲刈りに飽きた我がチビは、カエル狩りに夢中である。文字通り掃いて捨てるほどいるので、もうつかみ取り状態。もって来た水槽の中は一山いくらのカエルでいっぱい。
「ねえ、森。持って帰れないの、わかってるよね」
うなずく森。
「でもさ、今一匹しかいないよ(ウチには)」
そう来たか。
森の目は丸く、ほっぺたはふくらんでいる。やっぱりコロちゃんに逃げられたのはショックだったんだ。
しかたがないなあ。まあ、ケロちゃんを帰すとき、一緒に連れてくればいいか。
「じゃ、二匹だけね。後は返して」
というわけで我が家の「カエル口(人口ではなく)」は再び3匹になった。
けれどやっぱり秋はカエルを捕まえてくるのに、いい季節ではない。虫はごついバッタか、巨大なジョロウグモしかつかまらない。我が家の庭で網を振り回しても、半分眠ったようなカメ虫(?)しかはいってこない。コロちゃんはミルワーム(小動物向けに市販されているエサ専用の幼虫)をおはしでつまんであげても食べるが、新参者はただ跳ね回るばかり…。結局、心を通わせる暇もないまま、田んぼに返す日がやってきた。。ウチの車が新しくなったので、取りに行ってからその試乗をかねて家族ででかけ、ついでに田んぼに寄ろうという話になっていた。コロちゃんは帰ってきていないけど、もう仕方がない。
そのとき、私は二階にいた。だから相棒と森が何か騒いでいたのは聞いたけど、真相を知ったのはもう道を歩き始めてからだった。
なんと、相棒のクツの中にカエルがはいっていたというのである。
しかも、コロちゃんではなく、まだ緑色も初々しいアマガエル。
そういえば昨晩、不吉な前触れはあった。網の上に一匹カエルがいたので、つかまえて戻し、網を確実に縛った。いや、縛ったつもりだった。
いやな気分だぜ、と相棒は言った。カエル、踏みつぶしてみろよ。
幸い、完全に踏みつぶしたのではなかったらしい。森と二人でフキの葉の上に置き、様子を見ている所だ、と相棒は言った。だから、今運んでいる水槽の中にカエルは計2匹しかいないことになる。せめて彼らだけでも無事に帰したい。
先日刈った稲が干してある田んぼで、水槽のふたを開けた。
オレが逃がす、と森が言った。新しくつかまえた方はぴょんぴょん跳ねるが、ケロちゃんはなかなか飛ばない。三食昼寝つきの生活が身体が重いのかな。でもケロちゃんの狩りの腕前は一流だから、きっと大丈夫。
家族でひっつき虫(草です)を投げ合いながら、車に戻った。新しく手にいれたと言っても、中古車だ。それでも子どもも大人も、物珍しさではしゃいでいる。慣らしをかねてそのまま走り、混んできたところで家に戻った。
早速子どもたちと庭を見に行った。フキの葉の上にも、周囲にもカエルの死骸らしきものはなかった。よかったね、と胸をなで下ろした。子どもたちと、願わくばこの庭のどこかでコロちゃんと出会い、アマガエルの国を築いてくれますように、とまるでカエルの性別も、好みも無視した祈りを捧げた。コロちゃんたちには少し迷惑だったかもしれない。
来年の夏、アマガエルの声が聞こえてくるといいな。
(終わり)
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