風子のひとりごと

セミくんの夏~GO WILD 7

西丹沢の川越えの道は今年も直っていなかった。「それでもよかったら…」と電話口でおじさんは言葉少なに言った。くりかえしになるが、吊り橋で荷物を運び込むことがいやだったんじゃない。私たちはおじいちゃんとおばちゃんがいないあの場所が、少しずつさびれていくのを見ていたくなかったのだと思う。

 

ネットでくまなく情報を探す男、相棒がその場所を見つけてきたのは、少し前のことだった。   
「ガードレールの切れ目が入口」で「急な坂道を15分下る」という「車では行けないキャンプ場」。そんな場所が30キロ圏内にあるということに、まず驚いた。

 

「電気も水道もない」キャンプ場。オートキャンプを好まない我が家には願ってもないところに聞こえた。思いきって電話をかけ、場内のようすや駐車場のことを根ほり葉ほり尋ねた。おじさんの感じはよかったが、やはり最寄りの駐車場は、バス停で二つ離れたところにしかないのだという。   
車で行く案はパスだね、と私と相棒は笑った。しかし、だとしたら、いったいどうやって行くのか…。この人が公共交通機関を好まないのは知っている。ということは…。

 

4人でツーリング&キャンプ。それは長いあいだの夢だった。そのうち柳島キャンプ場で試してみよう、と言いあいながら何年も過ぎていた。この時もその案が頭の中にあったことは間違いない。   
「でも無理だよね」と言ったのはどちらだったのか。   
「せめてさ、下見には行きたいなあ。泊まらなくてもいいから」と私は言った。

 

相棒はその話を覚えていた。夏休みが始まったばかりの週末、私たち3人(部活でいない海をのぞく)は、まだ見ぬキャンプ場を求めて旅だった。

 

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CIMG5797 にこにこ。P1010032

じゃっぶ~ん!!!

 

おそらくこれが決め手だった。あるいは汗だくの身体で飲んだビールの味が。相棒は本気で、あの計画を考え始めた。どうやったら荷物を減らせるか、どういうメニューなら持ってくものが少ないか、現地で借りられるものはなにか?   
そして彼が真剣に考え、他の家族が協力すれば…大抵のことはできてしまうのである。

 

私にはこの計画を実現することが、とてもとても爽快だった。   
キャンプはいい。野外で過ごすのも好きだ。けれども、贅沢はしない我が家だけど、長年にわたり買いためたキャンプ用品は、いつのまにか押し入れの中でかさばっている。そのほとんどを、こんどは持っていかない、いや持っていけない、ということ。それがこれほどまでに気持ちいいとは!

 

代わりに、マグカップくらいの携帯コンロとたためる銀マットを買った。   
リュック二つは自前、うちひとつは滞米時代に買った20年もの、そしてもう二つはお借りした。ひとりは友人、もう一人はFBでの呼びかけに反応してくれた人。   
応えてくれた人がいたこともうれしかったが、見知らぬ人から借りることを相棒が受け入れたことが、私はとてもうれしかった。

 

私たちはどんどん自由になっていく、そして人と繋がっていく。   
さあ、担いでいけるだけのものを持って、旅にでようではないか(続く)。

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セミくんの夏~GO WILD 6

連載が終るより先に、夏休みが終ってしまった。今朝の寂しさったら、なかった。みんなが行ったあと、胸がきゅ~んとした。いっぱい遊んだからかな。今年の夏は(も?)濃ゆ~い夏でした。
さあ、寂しさを創作意欲に変えて…。家族といると何にもしないから、きっとこの寂しさは必要なのでしょう。

さて…。   
2013年は、飛躍の年だった。我が家のキャンプ史上に「まさか」ということが続けて起こった。まずGW.私たちは海を越えた。じゃじゃ~ん!
といっても、東京湾だけどね。 

三浦半島の久里浜から房総半島の金谷まで、フェリーが通っている。おぼろな記憶だが、学生時代に一度乗ったことがあるはずだ。これを使って千葉県まで行こうと言い出したのは、キャンプ場探しに余念がない相棒だ。   
県内の穴場は探し尽くし、まだチャリで箱根を越える覚悟はないし、伊豆半島は何かと高い。南房総は、小学生の頃はまった「南総里見八犬伝」ゆかりの地。フェリーの車乗船券がちと高いのをのぞけば、いい選択に思えた。で、行くことにした。
今回もツーリング組は森と相棒、ドライブ組は海と私。一つ問題だったのは、金谷で降りたあとキャンプ場までの道が、狭い上にトンネルが多く、「キケン」「危険」と書かれていたことだ。ところがうちにはバイクメットがない。全員メット嫌いなのだ。しかし今回はそうも言っていられない。考えた末、FB上で子供用バイクメットを貸してくれる人をつのってみたところ、近所の友人が名乗り出てくれた。うれしかったよ~。 

さあ出発。 

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実は色々あった。予想より道路が混んでいて、ドライブ組が予定のフェリーに間に合わなかった、とか。やっと合流したと思ったら、ツーリング組が朝食をとったデニーズに、森の帽子(三浦半島内なので、普通の帽子)を忘れた、とか。それでも、子どもたちは初めて乗るフェリーや、房総半島の景色に目を見張り、下りてからメットをかぶった森たちツーリング組は、難関だと思った最後の坂もあっさり越えて、無事キャンプ場に到着!
やはり茅ヶ崎付近と房総半島は違う。光の強さもそうだが、一番の違いは木々の葉っぱが光っていること。高校で生態の勉強をしたばかりの海によれば、落葉しない(常緑)広葉樹林が多いのだそうだ。気分はもはや南国。そして海! えぼし岩に似た岩もあり(雀岩だそうです)、 キャンプ場のシャワーが故障しているため、ちょっと足をつけるだけのだったはずなのに…。 

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  キャンプ地はここ 大房岬自然公園。やや混み合っているけど、GWだし、しょうがないか。 

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金沢八景の野島公園にちょっと似てる? 見かけはともかく、実はここと野島公園、それに観音崎にはある共通点があったのです。
翌朝、自然公園内を散歩に出かけました。広いって、半端じゃない。海岸までは、ほぼ崖。伏姫(ふせひめ)のかくれたような岩屋もあって、思いがけず洞窟探検。 

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面白いのは、この洞窟は森が怖がって、海は平気だった。そして見つけたもうひとつのもの。 

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旧日本軍の基地のあと。詳しくは大房岬の要塞
海はいやがって、森は平気だった。
男と女って…。  

思い返せば、野島公園と観音崎にも、この種の施設があったのです。 

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これは野島公園。

  

野島公園の掩体壕

  

 

そういえば、観音崎を歩き回った時も色々あったな。写真撮らなかったけど。
観音崎の砲台跡 

キャンプの話なのに、こんなのいやかもしれないけど、事実、だから。ホンの7~80年前まで、戦争していたんだから、この国は。自然公園や国立公園って、そういうものの上に成り立っていることが多いんだなあって、つくづく考えさせられました。
さあ、気を取り直して…。海を眺めて

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   フェリーで帰ろ。 

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  この世界から、可能な限り戦争がなくなりますように。そして、いつまでも平和にキャンプができますように(続く)。

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セミくんの夏~GO WILD 5

やっぱり海もキャンプに行きたい! そして我が家は全員そろわないと楽しめない!

 

現役高校生のくせに、家族キャンプがこんなに好きでいいのだろうか? という疑問を残しつつ、夏のキャンプは海ちゃん最優先のスケジュールになった。   
ところが会社員より少ない休み。どうしても前日まで部活になってしまう。これじゃ、西丹沢までツーリングは無理だろう…。

 

そこで、ついに起こった下克上、じゃなくて逆転現象。ツーリング組、森&相棒。ドライブ組、海&私。   
森が西丹沢に22インチ/シングルギアで挑むことになった。ちなみに海は2回とも27インチ/ダブルギアで丹沢の坂を登っている。

 

休憩時間を考慮して、今回の出発は午前3時。暗闇のなか、走り去る二人。

 

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ところが、出発して1時間もしないうちに、なんと雨が…。

 

予報は知っていたけど、こんなに早く降るとは思わなかった。出発を早めたのも、降る前に走り抜けられればと思ったから。

 

ドライブ組もあわてて発つ。最悪、森を回収することも考えながら。   
ツーリング組からは時々メールが入る。が、その進度が予想以上に速い。対してこちらはこういうときに限ってノロノロ運転。

 

最初の合流地点に予定していた「道の駅山北」でも捕まえそこね、目指すは丹沢湖畔の「三保の家」。自転車組に1時間遅れてたどりついた私たちが見たものは、着替えを使い着くし、相棒のぶかぶかのTシャツに収まった森の姿だった。   
どうやら、雨が幸いしたらしい。熱気にもやられず、最後まで走りきる気でいる森。

 

しょうがないねえ。まあ、ここからキャンプ場まではいくらでもない。途中で自転車組を追い越し、目的地に着く頃には、雨も上がりかけていたのでした。

 

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さあ、この吊り橋を渡って…。

 

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川遊びだあ~。

 

やっぱりここの川は気持ちがいいのです。チョ~冷たいけど。

 

最近我が家の流行り、朝ご飯ピザ。IXY_K_3775

 

チーズをバーナーであぶるのが秘訣です。   
トッピングには玉ねぎ、ピーマン、サラミが外せません。

 

そして、帰り道。すっかりたくましくなった暴走小僧。

 

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前回も書きましたが、今回は川を車で越える道が崩れ、荷物を人力で運び込んでのキャンプでした。でも、この時はまだ信じていたのです。来年はきっと道が治っているって…。(続く)

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セミくんの夏~GO WILD 4

西丹沢キャンプ場の話を続けます。

 

このキャンプ場に行くたびに、いつもおじいちゃんとおばあちゃんの姿がありました。チェックのシャツがお洒落なんだけど、耳の遠いおじいちゃんと、耳はよく聞こえるんだけど、腰の曲がったおばあちゃんのお二人です。二人のおうちは対岸にあって、朝と夕方には軽トラに乗ってやってきます。   
いつの頃からか、おじいちゃんの姿が見えなくなりました。それでもおばあちゃんは、ひとりでやってきていました。吊り橋を渡って? それとも、大人でも気を抜くと、足をさらわれてしまうような川を渡ってでしょうか?  時には息子さんに送ってもらったりもしていました。    
敷地内は平地ばかりではありません。だんだん不自由になってくる足で斜面をあがり、トイレの点検に向かう彼女がいました。    
そして、ついにおばあちゃんの姿は見えなくなりました。代わりに息子さんがやってきます。でも、息子さんには勤めがあるのです…。

 

そう、個人経営キャンプ場の大きな問題、後継者問題です。   
とても広い敷地です。斜面には数多くのバンガローが建ち並び、丘の上にはかつての巨大浴場跡があります。取り壊すにも莫大な金額がかかることでしょう。

 

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この後、我が家はもう一度このキャンプ場を使います。そして、その年、車で川を渡る道路が使えなくなりました。私たちはふたたび吊り橋を渡りました。吊り橋を渡って荷物を運び込むことなんて、どうでもいいんです。そんなことは大した事じゃない。でも少しずつ、敷地内の隅々に気が通らなくなっていきました。おばあちゃんがはうようにして見回っていたあの土地が、例えばトイレットペーパーの補充がないなどという形で、ほんの少しずつ荒れていくのを私は肌で感じました。

 

時の流れは容赦がない。それは別な形で我が家にも影響を与えます。高校に入学した海が選んだのは、やたらと忙しい部活でした。そう、ついに海が一緒にキャンプに行けなくなる時が来たのです。入学して最初のGWのことでした。「入ったばかりで休めない」という海を残し、私たち3人は珍しく車に乗って、まったく新しいキャンプ場を探検に行くことにしました。   
前情報では川がきれいで、中州にキャンプが張れるということでした。    
しかし、しかしだよ~。ゴ~ゴ~って、これ、早すぎ! 泳げないどころか、魚も釣れない。

 

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やることがないので、敷地内組まなく探検しました。そして見つけてしまった、恐怖のサイトたち。他のところをお見せできないのが残念です。写真よく見てね。「A-10」ってなによ~。   
それなりに混み合うキャンプ場だと聞きました。ということは、夏になるとここにもテントが立つの~?!

 

名前も忘れたキャンプ場、二度と行かないキャンプ場、仮に「大風キャンプ場」の思い出は、朝になってみたら、釣り道具一式が飛ばされていたこと。出発しようとしたら、朝から姿が見えなかった隣の家族のテントが風で飛ばされそうになり、相棒が一生懸命立て直していたこと、でしょうか。結局、一本の竿だけはどうしても見つかりませんでした。(続く)

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セミくんの夏~GO WILD 3

   

これが初めての3人ツーリング。私がひとりでドライブする日がついにやってきました。

     

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行き先は道志、片道50キロ。走りきれるかどうかわからないので、宮ヶ瀬湖で合流し、最悪、車に自転車をつめるように準備万端。しかし…。

     

元気でした~。ようやく仲間に加われて、うれしくてたまらないのです。      
しかたなく、先にひとりでキャンプ場へ。

   

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サイト内も充実してきました。 

荷物が運べるようになったので、久しぶりのダッジオーブン。

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奴らはちょっと足を伸ばして、山梨県まで。

   

これで友だちに「チャリで山梨まで行ったぞ~」って言えるぞ~。

   

この時、もうひとつ初めての試みをしました。   
それは「連泊キャンプ」です。ツーリング絡みだと、両日移動が続くのはきついのです。    
翌日、目が覚めて「今日は1日ここにいていいんだ~」と感じる時の心地よさは最高!

   

なかなか前後に余裕がないと、できないけどね。

   

ある意味、この時のキャンプはかなり完成型でした。   
唯一の欠点は、ツーリング組3人に対して、ドライブ組がひとりなこと。

   

寂し~い!!!

   

そして夏。私の嘆きを聞いたからというよりも、夏の西丹沢はたいそう辛いので、今回は海と相棒がチャリ隊を組みました。中3にして受験生の海は西丹沢二度目の挑戦。死にそうだった前回の雪辱に挑みます。

   

あれから?年、丹沢湖で落合った時は、死にそうではなかったけれど、ぷりぷり怒ってました。着いてしまえば、この川は最高なんだけどね。

   

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水が多く、流れが強い。ちいさい子には恐いほど。それに冷たい。何度入っても、その度にじ~ん、としびれるのです。雨量にもよるけれど、流されるには充分な深さもあります。

   

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それと、どこにテントを張ってもよくて、直火オッケー。そして、人が少ない!

   

…それにはやっぱりわけがあります。まず施設が古い。トイレは水洗ではないし、お風呂もシャワーもない。おまけに、これは次の年からのことなのだけど、車で川を渡る道が壊れていて、吊り橋で荷物を一個、一個運ぶしかない。

   

ああ、ガッツあるのみ。

   

でも、そんなことはガッツだけは有り余るほどある我が家には、実は大した事じゃない。このキャンプ場のかかえている問題は、本当は別なところにあったのです。そしてそれはこの年から、徐々に明らかになっていくのです。(続く)

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セミくんの夏~GO WILD 2

海(5年生)の夏。♪ The long and winding road ♪~ めざせ、七沢弁天の森キャンプ場。

  

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ここからしばらくはチャリ&車の模索の時期が続く。以前泊まったキャンプ場は、チャリで行くには遠すぎる。「安い」、「混雑しない」にさらに「近い」が加わった場所を探して四苦八苦。え~え~、探しましたとも。

  

「観音崎青少年の村」(今年の3月閉鎖になりました)。

  

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観音崎では、行く途中から雨に降られた。海は初の雨中サイクリング。三浦半島縦断、トンネル続き。海も、後から見まもる相棒も、けっこう恐かったらしい。ちなみに海の自転車はダブルギアの26インチに変わっています。

  

夜も土砂降りの中、早々に引き上げた他の組をよそに、だれもいない炊事場でバーベキュー。おかげで本来飲酒禁止の青少年施設で、念のために持参した缶(!)を空けることができました。

  

「野島公園」(GWに潮干狩り!)

  

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ここは八景島のすぐ近く。鎌倉から八景に抜ける急な坂が半端じゃない。のちに、家族日帰りツーリングで「金沢動物園」に行った時は、死ぬかと思いました。   
ここの欠点は、駐車場代が高いこと。これじゃあ、いくら施設料が安くてもねえ。あと、ここは2011年3月以降行けなくなった場所の一つ。潮干狩り行きたいって、言われるんですけど…理由はわかるよね。

  

そして、海が中学に入った夏、ついに憧れながらも遠巻きにしていたキャンプのメッカ道志に。穴場のキャンプ場を探してですよ、もちろん。下見&下準備は怠りなく。最初の待ち合わせ場所は宮ヶ瀬湖、出発はなんと午前3時か4時・・・。く、暗い。   
↓はだれもいない宮ヶ瀬湖園地。

  

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ここは「トトロ」か「千と千尋」の世界か…。

  

やっと到着。キャンプ場にも、だれもいないよ~。しばらくしてようやく、おじさん登場。

  

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おかげでの~んびりキャンプを楽しむことができました。

  

車も、クラウンから晴れて3ナンバーへ(渡米した友人のを引き取ったんですけどね)。ようやく大きなクーラーボックスが買えました。

  

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そして、ついに恐れていた日がやってきたのです。森が海のお下がりである22インチを乗りこなし、ツーリングチームに加わる日が。(続く)

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セミくんの夏~GO WILD 1

始まりは単純に宿代がなかったのだと思う。

   

我が家のキャンプ歴は10年ほどになる。厳密に言えば、初めて「富士山子どもの国」に泊まった時は、まだ屋根も食事もついていた。その記憶が2年ほどある。まだプレーリーダーが存在していたことの「子どもの国」だ。初回は「海」だけしかいなかったし、2回目は妊娠8ヶ月でカヌーに乗った。(浅い池ですよ。念のため)

   

次は近くのロッジ。1歳前の、口をヨーグルトでべたべたにした森の顔と、初めておこす焚き火が燃え上がらず、焦げ臭く、いつまでも肉に火が通らなかった苦い記憶がある…。

   

多分テントや寝袋を買ったのはその次。当時の車は古いクラウンで、後ろトランクに荷物をぎゅうぎゅうに詰めた。オートキャンプがきらいなのは当時からで、森はまだ荷運び用のリヤカーに乗って運ばれていた。「子どもの国」のキャンプサイトは草原で、ちいさい子のいる家族には使いやすい。あこがれのパオ(モンゴル風草原テント)にも、一度泊まった。だが、子どもが大きくなるに連れて、「子どもの国」自体が物足りなくなってきた。あと予約を取るのがめんどくさくなったのもある。

   

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年に2回、5月と8月、休みが取れる時には決まってキャンプに行った。そういえば一度だけ西伊豆の民宿に行ったことがある。楽しかった…けど、続かなかったなあ。

   

ランダムに記憶に残る場所を上げてみる。

   

「乙女森林公園第一キャンプ場」「西丹沢コテージキャンプ場」「七沢弁天の森キャンプ場」。   
いずれも初心者にはお勧めしない、普通の感覚では使いにくいキャンプ場だ。それぞれ不自由な点があるし、設備も整っているとは言いがたい。共通している点があるとすれば、それは「値段が安い」「混んでいない」ということだろうか。そう、我が家は何より人混みがきらいなのだ。

   

わざわざキャンプに行くのに、区画を区切られ、よそさまの様子を覗きこむ距離にテントを張る。電源を持ち込み、煌々とあかりをつけ、網の中に自分を置く。それって街にいるのと、なにか変わりがあるの?   
まあ、人様のライフスタイルにけちはつけまい。だが、我が家が求めているのは、断じてそういうものではない。

   

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「七沢弁天の森キャンプ場」は一つの区切りだった。テントを買ったのが第一の進化だとしたら、第二の進化はこの時から始まった。サイクリング&キャンプ。新しい歴史の第一歩である。当時娘、海は小学5年生。自転車はいま森が乗っている22インチのシングルギア。4歳の森と私は車で搬送組。車とチャリでは速度が違うため、事前に待ち合わせ場所の下見にも行った。

   

しかし、予想通りというべきか、七沢温泉から入る最後の林道はきつかったらしい。ブーたれながら、あるいは泣きそうになりながら海は延々と自転車を押した…らしい。   
いまなら、一家で日帰りサイクリング&温泉の(片道)20キロが、この時は遙か遠くに感じた。(続く)

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生きているものたちへ

少し前の話。

 

1月2日に初夢は見なかった。   
かわりに12月22日の朝に夢を見た。赤ん坊が生まれそうな夢。どうやら散々待ったらしい。    
死んでしまったのではないかと、股の間からでている頭を触ると、暖かかった。赤ん坊は、そこからつるりと出てきた。頭が折れ曲がっていて心配したが、ただ首が曲がっているだけで、直すと真っ直ぐになった。   
赤ちゃんだ、赤ちゃんだ、生まれた、生まれた、というところで目が覚める。

 

去年の12月21日は冬至。それもただの冬至ではなく、マヤ歴では世界が終るかもしれない、とささやかれていた特別な冬至。一日前の20日、友人の娘さんが死んだ日はやはり特別な日だったように思う。娘さんは11年と1ヶ月と1日を生きた。両親の愛と悲しみも止めどなく、特別パワフルな死だったことも間違いない。わたしの夢はそれに触発されたのか。久しぶりに闇の中をのぞいた気がした。その感覚は今でも続いている。

 

年が明けてすぐ、97歳の三橋卯之助さんの訃報を聞いた。卯之助さんは茅ヶ崎では有名な方で、直接お目にかかったことはなかったけれど、わたしの尊敬する人たちが大好きだったご老人だ。検索をしていたら、友人のブログが引っ掛かったので、リンクを張っておく。卯之助さんの魅力がよく分かる。

 

森へ行こう(心とからだと子育てと)

 

卯之助さんの死も突然だった。100歳まで生きるつもりだった人の、思いもかけない死だった、と聞く。弔辞の下書きを読み上げた書道の師は、末尾で声を震わせた。60歳を越えた人の深い思いが、私たちの胸をうった。

 

突然逝ってしまった人たちへの思いは切ない。突如、断ち切られてしまった命は後に大きな何かを残していく。関係者の悲しみは喩えようがないと思うが、一歩離れたところにいるわたしにも、その余波は及んだ。それは

 

生きてるものはがんばらなくちゃあ、と言うことだ。だって、生きているんだから。   
身体があるんだから。息をしているんだから。長く、長くかかってもきっと何かが産まれると、その夢は伝えてくれたようだった。

 

Wishing you Happy Holidays and a Peaceful New Year...

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冬至忌

素晴らしい冬至の朝だった。部活動で朝早く出かけ、夜は外食になる娘のために、お弁当を作った。友人から頂いたとっときの鉄火味噌のおにぎり、れんこんのたたききんぴら、最近うちで流行っている手作りのピクルス、主菜はちょっと手を抜いて加工品。水筒の三年番茶に、そっと塩を落とす。

 

家族が出かけたあと、たまっていた冬仕事を済ませた。部屋の隅でずっと待っていたかぼすを、寒さで固まったハチミツを溶かした中につけこんだ。前日、お向かいのバザーで買ってきた二玉の白菜を、ていねいに四つに裂いて、天日に干した。キムチに、といいたいところだが、安全な煮干しが大量に必要なので、あきらめて塩漬けにする予定。梅干し用の盆ざるを久しぶりにとり出し、裂いた白菜をらせん状に並べ、二階のベランダに運ぶ。

 

午前中は今年最後の「槻の屋」。正式名「おんな塾 槻の屋」は翻訳本「狼と駆ける女たち」の読書会を主な活動にしている。入塾条件は、今では絶版本である「狼と駆ける女たち」を手に入れること、それだけだ。ネットで古本をあさっても、図書館で借りてもかまわない。この本は、失われた女性知の回復を神話を通して行う本だ。本を読み進めていく合間に、それぞれの人生の課題を話すこともある。ちょっとした重荷や混乱を、分け合うことで整理し、人生を進んでいくための手助けとする。   
そもそも「槻の屋」という名前は、昔の「月経小屋」が高槻の木の下に建てられたことから来ていて、おんなの深い知恵を分かち合う現代の月経小屋を目指している。   
わたしにとっては聖なる集まりの一つ。

 

今日で小学校も終る。短いけれども充実した時間をすごし、サンタの手先としての仕事を完了させるべく、下校中の息子たちを追い越して家路を急ぐ。息子は友だちと楽しそうに話していて、わたしに気がつかない。しめしめ。かろうじてラッピングを済ませたところに、タイミングよく「ただいま~」の声。彼は午後から大好きな友だちの家に遊びに行くことになっている。準備しておいた牛乳リゾットを仕上げると、彼はおいしそうにお代わりをした。

 

息子を送り出し、さてとパソコンに向かう。よき冬至の日を讃えるために、上に書いたような文章をブログにアップするつもりだった。本当にすべてが順調に進んでいたのだ。この時までは。

 

フェイスブックを開いたわたしの目に友人の文章が飛び込んできた。   
   
「ご報告します」

 

それは訃報だった。おそろしく冷静な筆致で書かれた文面から、滲み出る悲嘆。かけがえのないものを奪われたゆえの感情の凍結。

 

事故らしい、としかわたしには言えない。ただ分かっているのは、彼女が子どもをとても、とても慈しんでいたこと。育てるのに通常の何倍もの手間をかけ、時間をかけ、仕事もこなし…。彼女がどれだけ頑張り屋か知っている。結婚する前から二人を知っている。素敵な家族だった。けれど、現実はあまりにも酷い…。

 

今はただ、名前に、わたしと同じ一文字を持つ、その子の冥福を心より祈る。

 

合掌。

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ただいま、調整中

空気が、乾いた。

 

どくどく汗が出るほどの熱波の中に、秋が潜んでいる。

 

夏が、終わる。

 

 

 

最後にブログを書いてから今日まで、たくさんのことがあった。

 

おはなし会や冒険あそび場、子どもの高校演劇部の全国大会出場とそれを追っての青春18キップの旅、西丹沢のサイクリング&ドライビングキャンプ、ワークショップでのめくるめく展開、息子の新しい習い事、それに毎日の遊び。

 

どれ一つとっても、ブログ記事になること間違いないのだが、ここしばらくお休みしていた。そのわけは、7月の終わり頃、世界が変わったからだ。

 

または私が変わったのか。この二つは表裏一体だから、どっちでも同じなのだが、困ったのは「調整」だった。

 

何が一番困ったかというと起こったことを言葉にすること、である。

 

どうも、脳内の情報量が多すぎて、言葉が出てこない。あれほど馴染んでいたはずの作業が、まるで初めてすることのように感じる。

 

ああ、この感覚には覚えがある。あれは小学校の頃、頭の中にあふれ出るイメージに言葉が追いつかず、もどかしい思いをしていた。その後、四十年ほどもがき続け、ある程度、いい関係をつくれたと思っていたその矢先、変化は起こった。

 

この変化を引き起こしたのがなんなのか、私が変わったのか、世界が変わったのか、それはわからない。そのくらい、ある日突然にそれはおこった。

 

今、新しい情報処理システムと、自我という端末を調整中である。しばらく挙動不審かもしれないが、ご勘弁願いたい。

 

半世紀生きて、更なる成長を求められるなんて、私は嬉しい。未熟であり続けることができるなんて、なんという贅沢だろう。

 

ということで、今しばらく「調整中」。

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