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2009年7月

カエルのココロ 3

食べる―食べられるという関係には、誠に深遠なモノが潜んでいる。

ある日、こんな光景を見た。

水槽の上下左右を斜めに横切るように、直径一センチくらいの枝がさし渡してある。カエルちゃんたちのお気に入りの場所で、よくそこに止まっているのを見かける。
その日はバッタが豊富だった。公園で大量に捕まえてきたからで、中には指の関節ふた節くらいのかなり大きなバッタもいた。枝に止まっていたカエルちゃんが、水槽のバッタをめがけて飛んだ。バッタはぱくりと口の中へと思いきや、なんと大きすぎて口からはみ出している。

今までにもこういう事はあり、最初見たときはびっくりした。カエルの身体は柔らかく、飲み込んだモノの形に合わせて変形する。バッタの足を口からはみ出させた「ひし形カエル」である。と言ってもやはり楽な体勢ではないのだろう。バッタを口いっぱいに頬張ったまま、目を白黒させ、じっと動かない。けれども、そのうちバッタの足は少しずつ短くなっていき、ついには飲み込まれてしまうのが定番のストーリーだ。

その日は様子が違った。どうにかバッタは捕らえたものの、飛び出した枝に片足の吸盤を引っかけたまま、逆さづりになっている。カエルの吸盤というのは、本当に優れもので、指の一本、吸盤ひとつでもけっこう体重は支えられる。しかし、その体勢はあまりに不自然だった。

カエルちゃんは苦しそうにもがいている。そのあげく、一度は体勢を立て直し、枝に戻ったものの、また再び逆さづりの宙ぶらりんである。いつもとどこが違うんだろう、と私は思った。よく見ると、カエルちゃんの口からはみ出しているのは、バッタの足ではなく、頭であった。ここから先は想像に過ぎないのだが(こういう想像はしたくない人もいるかもしれませんね)、頭から飲み込んでしまえば、バッタは気絶し、すぐ動かなくなるのではないだろうか。しかし足から飲み込んだ場合、バッタは意識があり、いつまでも抵抗を続ける。そのせいで、さすがのカエルちゃんも、思うように飲み込めないのかもしれない。

ついに決着がつくときが来た。カエルちゃんの口から、バッタがのそのそと這い出してきたのだ。その動きはお世辞にも速いとはいえなかったけれど、カエルちゃんの方にはすでに追いかける気は全くなかった。

と言うわけで、カエルの胃袋まで足を突っ込んだバッタは、その後もしばらく生き延びていた。それでも最後にはいつの間にか、消えてしまっていた。カエルちゃんは、こんどは飲み込む方向にも気を遣ったのではないだろうか。
(続く)

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カエルのココロ 2

アマガエルちゃんたちは何で食べる。葉っぱに着いた青虫。ハエ、小さなガや蝶。バッタやクモ。

虫を捕ってきて、水槽に放すと、今まで眠っていたような小さな生き物が、ぴくりと目をさます。姿勢がまったく違う。アマガエルはどうやら、ます目で獲物を捕らえるようだが、その瞬間全身の筋肉が、獲物に向けて引き絞られるのが、ありありとわかる。小さいといえどもハンターの気迫。一撃で飛びかかり、次の瞬間、獲物は消えている。ただし、口より大きい獲物にも平気で食らいつくので、口から獲物がはみ出していることもある。黄土色のガを食べたときは、そのはみ出し方が、ピーナツバタートーストを口いっぱいにほおばった森と、あまりによく似ているので、笑ってしまった。

こんな風な毎日を続けているうちに、私の感覚はどうやらアマガエルにシンクロしてしまったらしく、虫を見る目が以前とはまったく違ってきた。たとえば、家の中を飛んでいるハエ。以前は「五月蠅い(うるさい)な」と思ったのに、今では「いらしゃ~い。おいしいご飯ちゃん」と反応してしまう自分が恐ろしい。アマガエルの味覚も想像できるようになった。ガはバタートースト、ハエはジューシー、蚊は軽いおやつ、バッタはさくさく。こわっ。自分がこわい。

虫を手づかみするのも平気になった。というか、網を持ち出す間に虫は逃げてしまうので、瞬間的に身体が反応してしまうようになった。かわいいアマガエルのためだもの…。以前は殺すために手を使った。その手を生きたままつかむために調節するようになった。蚊をつぶさないで捕るのはなかなかむずかしい。柔らかく握る。けれど決して逃がさない。

庭で捕まえ、カエルたちの水槽まで連れていく短い間に、虫はあがく。ハエは騒ぐ、バッタははねる。小さな命いっぱい、生きようとあがく。それを他の生き物に与えることに人間が関与する。そのこと自体にたじろぎ、立ち止まっている人もいるかもしれない。けれどそのおかげで、私は虫たちの鼓動を感じられるようになった。指の間に柔らかく握りしめた小さな身体が、私たちと同じようにどくどくと脈打っているのを感じるとき、私の心は敬虔な気持ちで満たされる。だから救おうというのではなく、他の命を満たすためにそれを与える。そのときほど「命のつながり」を感じることはない。虫取りをする私たちの身体に蚊がまとわりつき、産卵のための糧をえようと機会をうかがう。連鎖はどこまで行っても、途切れることなく続いている。
(続く)

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カエルのココロ 1

ちょっとご無沙汰してました。その間に日本列島では梅雨明けしたようですが、「やまんばさんのおうち」はまだです。

前回の記事で、梅雨明けしたら夏バージョンに模様替えするという予告をしましたが、今日から始まる連載記事が完結したときが、「やまんばさんのおうち」の梅雨明けです。だって、カエルの記事はやっぱり梅雨バージョンがふさわしい。そう、思いませんか?

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二匹のアマガエルが我が家にやってきたのは、田植えの日だった。

昨年は断った。生き餌は無理と思ったからだ。けれど同じ年、息子が持って帰ったカエルをひと夏、世話し続けた友人の奮戦ぶりを見たら、やってやろうじゃん、という気になった。
虫取りが嫌いな人なら大変かもしれないが、私も森もそうではない。しかもうちの庭は「半自然状態(薬は使わず、草取りは最低限)」のため、虫の宝庫である。食料庫つきの家にもらわれてきたのだから、カエルちゃん、まあ、かんべんしてくれ。

さっそくお部屋を整える。ふたの壊れている大きい水槽に、生ゴミの水切りネットで網をかぶせる。腐葉土を敷き、その上に水ゴケ。アマガエルは木登りが好きだと聞いて、ちょうどよい太さの枝をさしわたす。我が家では枝も(工作用に拾ってくるので)そのへんに落ちている。ぴったり合うような長さに切ったのは森だ。

こう書くと、何もかも都合よく運んでいるように聞こえるが、カエルフィーダーの一年先輩である友人には大変お世話になった。最初、ビニール袋に穴を開けておおっていたのを、通気が悪いからと水切りネットを教えてくれたのは彼女だし、水ゴケもいただいた。おかげで、いかにも住み良さそうなカエル部屋が完成した。

さて次はお食事である。6月はじめのバッタはまだ小さく、ネットの編み目からすり抜けてしまう。クモを食べるとは聞いていたし、実際我が家にも(家の中にも、外にも)たくさんいるのだが、気軽にとれないわけがあった。

実はうちのクモは「仕事中」なのだ。お願いしてゴキブリの幼虫や、畑の害虫を捕っていただいている。家の中でクモを見かけると、よろしく!と声をかける仲なので、いくらカエルちゃんのためとはいえ、簡単にエサにはできない。一回、どうしてもエサがなかったとき、森が庭でハナグモを捕まえてきた。息子の得意そうな様子に、逃がしてやれとはいえず、そのままあげてしまったが、以降は慎んでいる。

朝7時30分、海はとうに朝練に行き、相棒を見送った後、森と二人で庭を一周するのが日課になった。もちろん虫を探すためだ。虫を探すにはコツがある。まず感覚を虫レベルに調整する。平たくいえば、虫のココロになるのだ。毎日回っていると、庭にいる虫が無限ではなく、ちゃんと一定の場所に一定の数で、住んでいることがわかってくる。特に「捕食者」の数は限られていて、ミョウガの林には2,3匹のハナグモ。まだ小さい柚の木にも一匹。それとハンミョウが一匹か、二匹、畑と庭に必ずいる(もしかしたら一匹のハンミョウが庭と畑を回っているのかも)。

ちなみに「捕食者」とは、他の命を食べる、生態系の上位にいる生き物のことだ。一匹の「捕食者」が生きていくには、たくさんの「被食者(この場合は草や野菜を食べる虫)」が必要だから、たぶんうちの面積ではこれくらいで限界なのだろう。だから安易にハナグモを捕ってしまうと、他から捕食者が移り住む、あるいは成長するまで、うちの生態系のバランスが微妙に狂う。まあ、そんな堅いことを言わなくても、たいていの揺れは吸収されるから、気にする必要はないのだが、同じような事態が閉じた生態系で起こった場合は、深刻になることもある。ちなみに地球は閉じた生態系である。
(続く)

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ケロちゃん コロちゃん

いくつになっても新発見はあるものだ。
海のアトピーがひどかった頃、薬屋さんでもらい集めたカエルの指人形は、今でも森のお気に入りだ。4匹いるので、はしご車に乗って消防隊になったり、船に乗って海賊になったり、大活躍している。
森にひとまとめで「カエルちゃんたち」と呼ばれている彼らだが、よく見ると目の向きが二種類ある。右向きと左向きだ。うちに来てもう10年以上たつ彼らだが、私は特に気にもせず、ランダムな製造過程の結果(つまり、適当なんだな)だと思っていた。
ところが、ひょんなことから素性がわかった。なんと彼らのブログパーツがあったのだ。そしてその名前が「ケロちゃん コロちゃん」となっている。そ~~~~かぁぁぁ。あの二種類の目は、ミスではなかったのかあ、とよくよく手にとって調べてみると、なんのことはない胸のところに浮き彫りの文字で「KERO」「KORO」と書いてある。
・・・・・・・・・。
ごめんね。10年以上も一緒にいながら、名前も呼んであげなくて。
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というわけで、期間限定、梅雨明けまで「ケロちゃん コロちゃん」のブログパーツを置くことにしました。3つのスロットが合うと、恐ろしいことが起こるので、ぜひお試しください。
梅雨明けまでといっても、この列島は長く、梅雨明けも同時ではないので、どの地域の梅雨明けかは、そのときに決めましょう(要するに、つけたいだけ、つけておくということだな)。
日頃「やまんばさんのおうち」をごひいきになさってくださる方、びっくりしましたか?
「やまんばさんのおうち」まだまだ奥が深いのです。
というわけで、引き続きよろしく!

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家を洗う5

クライマックスの障子張りは日曜日に行われた。
その前の土曜日、まず子どもたちを巻き込んで、窓ガラス&網戸掃除を行う。よく晴れて気持ちのいい日。相棒は仕事。海が部活から帰ってきて、みんなでお昼を食べ、食休み(これが大事!)をした後、おもむろに始める。
窓は庭に面している。すべての作業を外から行うため、午前中に庭を整地した。自転車をどかし、積んであった竹の棒をどける。長いので、捨てるために切る作業を森に依頼。と書くとかっこいいけど、なんのことはない、のこぎり遊び。
午後、長柄のワイパーとブラシで窓&網戸を磨く。花形仕事は海。窓ガラスをぴかぴかにするのが気持ちいいんだそうだ。私は窓枠を拭いて、地味に応援。森はというと、午前中に切りそろえた90センチくらいの棒で「家を造る」とがんばっている。
庭に面した窓は3面。海は和室を終え、「他もやってもいい?」。どうぞどうぞ、と私はその間に障子の桟から張りついた紙を濡らしたぞうきんではぎ取る作業にかかる。実家にも障子はあり、イネばあちゃんとよく障子張りをしたのを思い出す。そのときの記憶通り、やはり紙はとれにくい。仕事を終えた海も途中から加わってくれたが、やはり少しずつしか進まない。夕方、相棒が帰ってくる頃、ようやく終わりが見えた。
次の日の障子張りは4人がかり。といってもちょうどお昼前に始めたので、ときおり私か海が台所に立つ。大人のどちらかが障子を張り、森はそのときに必要なもの(ノリとか拭き取る布とか)を渡す役。
窓から外さずに障子を張るのは、想像以上に大変だった。特に桟が下になっているほう。ノリも一度にはつけられないから、三分の一ずつつけた。そして一番困ったのは「風」。庭を吹き抜ける風が、ついでとばかりノリの乾いていない障子紙をいたずらする。私ははじめ外で押さえる役だったのだが、脚立の上に片足をかけたまま、限界まで手を伸ばして一番上を押さえ、さらに身体の線を使って、横から風が入らないように障子に張りついていた。文字通り「身体を張って」、貼った障子紙だ。
一枚目はようやく完成。そしてうどんをゆでていた海から
「そろそろいいよ!」の声がかかる。ここで私と海は交代。私がゆであがったうどんを冷やしている間に、こんどは海&森と相棒でもう一枚の障子を張る。
「麺喰い」の我が家にしても滅多に食べない量、900gの冷や麦が水で冷やされ、ひと巻きずつ取って、器に盛られる頃、もう一枚の障子も無事完成。そして、その冷や麦がすべて食べ尽くされ、4人で映画を見ながら食休みをしているうちに、ノリも乾いた。はみ出した障子紙をカットし、今度こそ本当に障子張り完成。
障戸を閉めた和室には、柔らかい光が満ちていた。子どもたちは生まれて始めてみる風景に目を見張った。たかが一部屋、されど一部屋。家の他の部分にだって掃除をする余地は山ほどある。けれど、この部屋が生き返ることによって、この家によどんでいた何かが、通りはじめたのはまちがいない。
子どもたちはそれぞれにこの和室を活用している。森は「真っ暗ごっこ」ができる部屋、押し入れには入れる部屋、として。海は座卓でそろばんをする。そして相棒は、夕食の後、ここにごろんと横たわり、身体を伸ばしてから二階に行くのがひとつのパターンになりつつある。もっともその静寂は長くは続かず、次第に夕飯を終えた子どもたちによって浸食されるのが常なのだが。
和室が開放されて、一番喜んでいるのは、結局のところ、彼なのかもしれない。
(終わり)

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