家を洗う2
押し入れにしまったものの大半を義母は忘れていた。
「私は知らない」
「私のものじゃない」と何度も言われた。
それを一つ一つ確認し、「取っておいて」といわれたもの以外は捨てた。
最初、その役は私に回ってきたのだが、私は「できない」と断った。だって、私はその「もの」に対する記憶が全くない。義母がおかしなことを言い出しても、止める根拠がない。相棒はとてもイヤそうにその役をこなした。かわいそうだが、仕方がない。過去の決着は自分でつけるしかない。10代、20代の頃着ていた服がしみだらけになって出てきた。奴はそれを黙って全部捨てた。
布団は私の役目だった。二間ある押し入れの上段にぎっしり詰まった布団を使えそうなものと捨てるものに分けた。とりあえずのゴミを落とし、状態を見る作業は相棒の手を借りて玄関先でやった。私はマスクをつけ、子どもたちを遠くへ追いやった。ときおりゴキブリの糞や死骸が出てくる布団は、とても家の中で払う気にはなれなかった。
3分の2の布団が使えないと判断された。ゴミを出すにもお金がいる。茅ヶ崎では「布団」は3枚で500円であった。捨てる布団は10枚以上ある。2000円払って捨てるのはあまりにもったいない。市の「環境事業センター」を調べた。車で持ち込めば、かなりの重さまで500円だという。もったいなさが私を突き動かした。相棒と二人で車のトランクはもちろん、後部座席にまで布団をぎっしりと積み込み、平日は動けない奴に変わって、私が搬入することにした。初めての道、初めての場所…。
心細い私を救ってくれたのは、昨年引っ越したばかりで「環境事業センター」にもお世話になった友人の道案内だった。
布団(それに押したたみ式テーブルが一台)は全部で40㎏だった。
布団を干しながら掃除をする日々が続いた。15年もののホコリを吸い込みたくないので、防塵メガネにマスクをかけて布団を叩いた。その音はどんなに小気味よく響いただろう。呪いを払うつもりでやった。よどんだ精神をこの家から追い払い、新しい風を入れること。
一度、とても風の強い日に、夏掛けが飛んでしまい、お隣のレトリーバー「レオちゃん」のいるデッキに落ちたことがあった。私と森が公園から戻ったとき、レオちゃんはその上にちょこんと座り(もう大きいのですけどね)うれしそうに布団をなめていた。さっそくお隣に話し回収したが、その布団を汚いとはまったく思えなかった。ゴキブリの糞に比べたら、犬の方がよっぽど清潔だ。レオちゃんに清めてもらった気がした。
(続く)
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