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2009年2月

やまんばさんのみそづくり

今年もまた味噌づくりの季節がやってきた。味噌づくりの歴史は子育ての歴史と同じくらい長い。最初に誘ってくれたのが上の娘(海)のママ友だったOさんだったからだ。当時はBホームの「水煮大豆缶」をつかっていた。今思えば豊かな時代だった。

乾燥大豆から作るようになったのは、下の息子(森)が生まれたのをきっかけにパルシステムを始めたからだ。一時、味噌づくりをやめていたこともあり、最初はおっくうさが先に立った。自分の横着さを計算に入れ、すぐに作らなくてもいいように「乾燥こうじ」にしたのだが、それでも失敗したこともある。3月の声を聞くまで流しの下に放っておいたら、なんと「乾燥こうじ」にカビが生えていた! しめしめ、大豆は大丈夫だな、と確認した直後だったから余計ショックだった。もちろんこうじはすぐビニールに包んでゴミ箱へ。大豆は水煮にして各種お料理に使った記憶がある。

あれ以来、材料は目の届くところにおいておくようにしている。そうすると大豆が「早く味噌にしてくれ~」とささやく声が聞こえてくる。その声にうながされて今回もどうにか2月中に作ることができた。大豆様、ありがとう。

さて毎年行っていることこそ、その年その年の違いがおもしろい。今年は前の晩に水をつけておくのを忘れて、トホホの始まり。しかし午後作ればいい、と気を取りなおして朝一番に水につける。

水につけて5時間くらい。もう少しで戻る大豆様。しわしわのあまりのかわいさにここで写真をパチリ(よく見えないけど)。

今年はひとつ目標があった。それは大豆をつぶすとき、踏んでつぶすこと。今までは鍋のなかにバーミックスを突っ込んでお手軽につぶしてきた。難点はかなりの頻度で丸のままの豆が残ることと、子どもたちが手伝えないこと。森も5歳になったことだし、「いやだ!」と言い出す年頃になる前にぜひ一度試しておきたかった。

煮あがった大豆様。水気を切ったあと、

鍋のなかにビニールを敷き、豆をあける。湯気でビニールが曇る。

豆を広げてからガムテープで留める。もう一枚ビニールをかぶせて、大豆パックのできあがり。

さあ、森、踏め!

ところが…「熱いよお」といっていやがる森(足がいやがっている)。

「そんなはずないでしょ」と交代。

やまんばさんの足。

で、やっぱり熱い!…ごめんね、森。

そうだ、靴下をはけばいいんだ!

華麗なるステップで、踊る森。

足が増えた。学校から帰ってきた海も参加。

踏むこと15分くらいで、大豆様は見事に粉々。

今回は1㎏で試しましたが、これなら2㎏もいけそうです。

子どもたちが逃げてしまったので、一人で寂しく味噌団子づくり。

団子をつぶすのは俺だ。

こんなに上手に押せたよ。

本当にとっても上手に空気が抜けていました。

味噌づくりのたびに、子どもたちの関わり方が少しずつ変わっていくのを感じます。味噌づくりだけじゃないけど、毎年決まってやることって、家族の成長と変化を図るひとつのバロメーターだと思う。

乾燥大豆にして2㎏、できあがりで8㎏の味噌は、毎日味噌汁を飲む我が家では、半年ちょっとでなくなってしまう。だから味噌自体は半年後にできるけれど、新味噌を楽しむのは翌年のお正月になってからということにしている。長い、長い時間待って、初めておいしくなるものがあるということ。そんな体験もきっと人生の糧になるかも、という高尚な思い半分、あとの半分は人手ほしさに、子どもたちと続けている味噌づくりでした。

いつか一年分の味噌を一度に造れるようになりたいなあ。

頼むよ、海、森…。

詳しい作り方は

パルシステムHP「手作り味噌」 でご覧ください。

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ネットでネットワーキング!

2月の冒険あそび場フルマラソン。第三週はロープ結びのスタッフ研修でした。今月は週末ごとに遊び場のイベントが入っていて、家庭の中も外もぎりぎりの低空飛行でした。でも何とか飛び切れた。まずは自分をほめよう。そして家族の協力と忍耐(これが主だが)に感謝です。

遊び場にハンモックをというのはいつの頃からかの夢でした。子どもたちはよく「蜘蛛の巣ネット」を編んでいるのですが、あれは編み上がるまでに半日かかります。始まったらさっとつけられて、終わったらさっと取り外せる、そんなハンモックがあったらいいなあ、と思っていました。もちろん「買う」って選択肢もあるのですが、どうせなら自分たちで作りたい。しかもスタッフがいまいち苦手なロープワークもこの際勉強したい。今回、そういう欲張りなわたしたちの講師を務めてくださったのは「NPO法人 横浜にプレイパークを創ろうネットワーク(YPC)」所属のプレーリーダー、のりえもんさんでした。

のりえもんさんを初めてお見かけしたのは「港南台生き生きプレーパーク」でした。そのときはもう「ウサギ山プレーパーク」に移られていて、たまたまいらしていたようなのですが、私が注目したのはその釘差し姿でした。「釘差し」というのは五寸釘を地面に打ち込んで戦う、ちょっと少年心をくすぐる遊びです。実はここだけの話、私は「動き」で人を見るのです。私の専門は「言葉」と「ボディワーク」なのですが、動きというのは案外雄弁に人を語るものです。ファッションや化粧でごまかせない分ストレートに。そして釘差しをするのりえもんさんの後ろ姿は、とてもなめらかで切れ味がよかったのです。

その人がプレーリーダーだというのはあとで知りました。ひとの出会いっておもしろいですね。

当日の様子です。

お天気もよく、編み込み日和でした。

まずはミニハンモックで編み方の基本をマスター。

昼食後、本番ネットスタート! こういうシーンで輝く子どもたちがいます。

5人でかかって1時間ちょいで、これだけ編めました。一度に大勢でかかれないのが難点です。今日はここまで。

さて問題はこれからです。始めたものはいつかは終わる。でも、いつ終わるのだろうか。

そこで、あなたの出番です。森の中で、のんびりゆったりネットを編みにきませんか。

幸い3月の冒険あそび場は2回。22日(日)と28日(土)です。初めての方にはスタッフが(もしかしたらベテラン子供スタッフが)お教えします。

一目でも二目でも手を動かし、関わることで、市民の森が身近な遊び場になり、冒険あそびの輪が広がっていく。そんな一挙両得の作戦、名付けて「ネットでネットワーキング」(仮称)を発動したいと思います。とりあえずは思いつき。でもできれば正式にね。

冒険あそび場の未来は、あなたの手にかかっているのだ。なんちゃって。

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出前

2月14日(土)と15日(日)に海岸青少年会館でお祭りが行われた。各地の公民館でやるお祭りと同じような催しなのだが、特徴的なことがいくつかある。それはこのお祭りが約11年ぶりに復活したということだけではない。私も関わってみて初めて知ったのだが、公民館の役割は地域をつなぐこと。それに対して青少年会館の役割は児童の育成。子どもが真ん中、なのだそうだ。だからバザーに出店するのも青少年育成団体に限られる。

「茅ヶ崎に冒険あそび場をつくろう会」も恥ずかしながら青少年育成団体に入る、ということで出店のお誘いがきた。けれど2月は講演会と実技研修が入っていて、とてもバザーをする余裕がない。協力したいという思いはあった。そこで思いついたのが、遊びの出前。ロープ一本、たちまち遊び場。モンキーブリッジに決定。

担当の人と下見を繰り返し、会場の配置を決めた。ガールスカウトのバザーと子ども縁日にはさまれた二本の松の木が私たちの会場。この日のために、ゆるみにくいロープの結び方も、実技研修の打ち合わせにきたのりえもんさんをつかまえて教えてもらった。

天気予報に雨マークがついたのが一週間前。天候の不安に加え、ちゃんとロープを張れるのかという思いもよぎり、さすがにプレッシャー。

だが、しかし、11年ぶりの思いが天に通じたのか、雨は明け方にはおさまり、花粉症以外の人にはうれしい暖かい春の日となった。花粉症の私はメガネにマスクの重装備。オープニングセレモニーの和太鼓が鳴り響く中、まだ結べてないロープにまとわりつく我が息子をぶっ飛ばしながら、メンバー数人と張ったモンキーブリッジは、予想を超えた大盛況だった。

このスリルがたまらん。

キャ~!

今は、女の子しか入っちゃダメ。

集合!って言われても遊びた~い。

ロープ一本の出前で見えてくるものがある。子どもたちのきらきらした笑顔。今時の子は、なんて言わないで。

(注)現在「茅ヶ崎に冒険あそび場をつくろう会」では、遊び場の出前を行っているわけではありませんが、そういうことに関心のある方、または団体は私宛に連絡してみてください。すぐには実現しないかもしれませんが、一緒に考えていきましょう。


[お詫び]

「冒険あそび場だより 遊・友・悠No,3」に記載した今年度冒険あそび場の予定が3月28日(土)になっています。通年の日程表は3月22日(日)となっていて、こちらの方が正しいのですが、訂正が行き渡らない可能性を考えて、3月28日(土)にも冒険遊び場を開くことにしました。

ですから3月は冒険あそび場が2回あります。春の息吹を感じに、是非森にいらしてみてください。

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ガトーショコラ

ガトーショコラ。またの名をガトーショコラ・クラッシック。チョコレートケーキの逸品である。子どもの頃食べていた、表面にチョコレートをぬったスポンジケーキとは違う。あくまで苦く、あくまで重い、ずっしりとした大人のケーキ。そう、これはけっして甘い話ではないのだ。

バレンタインにこのケーキを焼くようになったのは、まだ海が小さかった頃だ。なぜおぼえているかというと、海と最初で最後の横浜ドリームランドに行ったとき、その残りを持っていった記憶と結びついているからだ。作り始めた理由は簡単なものだったと思う。つまり、チョコレートだとあっという間に食べてしまうから、とかたまたま「DANCHU」に作り方が載っていたとか。

最初の年のケーキは石のように堅かった。メレンゲをうまく混ぜ込むことができなかったのだ。そのケーキをドリームランドから帰るときの車の中で食べた。堅いので、くずがボロボロと落ちるのを気にしながら食べた。それがガトーショコラの本来の姿ではないと気づいたのは、翌年もう一度焼いてみたからだ。次の年のガトーショコラは別物かと思うくらいしっとりしていた。

自分の腕が上がったことに気をよくした私は、翌年以降も焼き続けた。ガトーショコラは、一切れでじゅうぶん満足でき、しかも日持ちがする。バレンタイン後数日は、他になにも用意しなくても、それだけで豪華なおやつを食べた気になる。そんな点も気に入っていた。

さて時は移り、海が自分でチョコを作るようになったある日のこと。つまりつい2,3日前のことだが、私と海は相棒の前でバレンタインの相談をしていた。つまり、なにをいつ作るからそれまでに材料を買わなければとか、そういう話である。海は昨年からトリュフを作っているのだが、レシピに従うと生クリームが半分残る。それをガトーショコラに使えばいい、と話していたときだった。職場から帰ったばかりで、着替えをしていた相棒が突然、

「今年もあれ、作るの?」

と聞いてきた。うん、そうだよ、と軽く答えた私に続いて聞こえてきたのは

「俺、あれ苦手なんだよな…」

「今まで言えなかったけど…」という相棒の声だった。

聞きようによっては腹の立つセリフである。腹立ちの種火のようなものは確かに私の中にあった。怒ろうかな、と一瞬思った。けれど…。

数瞬間の思考を経て、わたしは言った。

「…言えてよかったね」

考えようによっては、これであのガトーショコラを作る重労働からは解放されたわけだ。愛とは誤解のもとになり立っているという貴重な経験もさせていただいた。それでもやっぱり思うのは

ああ、ガトーショコラが食べたい…。

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最初にやった人

7日(土)に天野さんの講演会が終わって、しばし脱力。脱力の内容は、身体の疲れ、心の疲れの他に、たまっていた雑事の片付けというのがある。

学校に出す書類とか、中学入学の準備とか、税金とか…これが終わるまでは、と机の隅に積み上げていたものがいっせいにおそってくる。

身体の疲れは、歩いて治す。心の疲れは、一人きりで好きなことをして治す(たいていは読めなかった本を読んだり…)。今回はこのモードに入る前に、「バタンと倒れたい願望」があったので、30分ほどベッドに倒れ込んでみた。…満足。たかが30分、されど30分。自分の回復力に感謝、である。

だがこのような手段ではどうにも片付かないのが雑事だ。まるで石ころだらけの地面を素足で歩くように一歩、一歩進んでいくしかない。この世と折り合いをつけていくための最小限の事務仕事。さっさと鼻をつまんで片付けよう。

さて、天野さんの講演会だが、やっぱりおもしろかった。日本の冒険遊び場界はこの人を先頭に走り続けてきたんだなあ、としみじみ思った。自分のやることが新しいジャンルを切り開くことになるという瞬間に位置することができるのは、一種の行幸であり、才能である。

そのときに聞いたことで印象に残っていることを書いておく。なるべく聞いた言葉をそのままに。ただしあくまでも私の主観が入った取り上げ方なので、同じ講演を聴いた人でもちがう印象を持つ人はいるかもしれない。それはご理解のほどを。

まずプレーリーダーとは

「大人社会を背景にして子どもと向き合うのではなく、子どもの気持ちを背景として、大人社会と向き合う存在」

そして

「大人が子どものためと思ってやっていることの8割は子どもの力をそいでいる」

そうだ、そうだ。

「『教育』は『教える』『育てる』。『遊育』は『遊ぶ』『育つ』で主体が違う」

「子どもは主役の感覚を奪われ続けて生きている」→「自己肯定感の低さ」

「やってみたいと思うことには快を感じる。それは命の根底であり、生きるエネルギー」「万国共通」→「プレーパークに来ると自己肯定感が高まる」

「遊びの世界には正解は無数にある」

「発想の転換」「まっ、いいか」「一貫性がない」「プロセス」→そんなことが大事

それとは逆に

「価値観の世界には正解がひとつしか無く、しかもその普遍性は低い」

「強制されることは、何かの感覚を殺さないとできない」

それが続くと

「『私』が生きているという感覚が欠落する」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以上、ノートに残っている言葉をざっと書き出してみた。重ねていうが、どこを取り上げるかは関心の持ち方によって違う。このメモ、イコール天野さんの講演会のすべてというわけではない。

このほか、質問タイムに話されたことで、印象に残ったことがひとつある。「教育」と「遊育」に関してだが、このふたつは対立するものというわけではなく、ふたつが重なり合うところに何かが生まれる(この辺になるともう記憶の世界なので、そのままの言葉ではない)、ということ。

ここでもう自分の世界にぐーんと引きつけてしまうのだが、踊っているときも同じことをいわれた。感覚のままに、生のエネルギーのほとばしるままに踊りながら、それを統御する客観的な目を持ったときに真に創造的なダンスが生まれる、と。世界創造の秘訣はどの分野でも同じだな、とあらためて確認した講演会だった。

ああ、自分のやりたいことと、やらなければならないことの間で、うまくダンスが踊れますように。

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