続・どんぐりの家(賢治の楽校三)
「どんぐりの家」は古い木造校舎である。もちろん内部は宿泊施設として改造され、お風呂もあるのだが、建物の枠組みはいじられていない。なが~い廊下や、つるつるの階段はまるで子どもたちが走りまわるためにあるみたいで、いつでも誰かがドタドタやっていた。八ヶ月の森も最後の年に、ここでハイハイさせてもらった。
校舎を出て森の中の小径をたどると、渓流沿いにキャンプ場がある。そのキャンプファイヤーをするための広場で、毎年賢治の楽校の劇は行われた。わたしはこの森と渓流が何よりも大好きだった。もっともそれはわたしだけではない。多くの子どもたちが到着して荷物を放り出すと、すぐ渓流にむかった。こどもだけで川へ入ってはいけないことになっていたから、もちろんわたしも。なかでもこたえられないのは、泊まった翌朝、昆虫採りの子どもたちが眠い目をこすりながらちょうど布団にもぐり込むころ、入れ替わりに誰もいない川に行くことだ。幸い、うちの子どもたちはよく眠るし、相部屋だったから泣けば誰かが知らせてくれる。子育て中の念願、「こどもをおいてどこかへ行く」がこんなにやすやすと実現できる場所はほかにはない。
そこで朝の気を浴びる。渓流で水をすくい、顔を洗う。それだけの儀式で魂の奥がすっと澄む。古びた森の、苔むした樹と岩の気配。広葉樹の繊細な樹影が形作る渓流のトンネル。神座(かみざ)ということばが頭に浮かぶ。昔々、神は確かにこんな森に降りたったのだろう。
もう行けない場所のことを描くとき、わたしは魂のまるごとをかけて、その場所を言霊で顕現させようとする。だから多少大げさだな、と思われた方もいるかもしれない。でも、わたしにとってはそんな場所だったのだ。
あの場所がなくなってしまってとても悲しい。
以前、「賢治の楽校」のことを考えたときに、思い当たったことばがある。それは「魂の実家」ということばだ。わたしの父は海が生まれる直前に他界している。それに加え、ちょうど母が体調を崩し、下手をすると生まれ育った家がなくなるかもしれないという考えに至ったときのことだ。わたしは考えた。
「生まれ育った家がなくなって、帰省ができなくなったとしても、『どんぐりの家』があるじゃあないか。ここに集う人は血縁ではないけれど、きっと魂でつながっている。一年に一度、ここで出会うことで、ここは『魂の実家』になる」と。
その場所がなくなってしまうとは、このときのわたしには想像もし得なかったのだ。(続く)
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