寝室の床に弁当がひとつ、ぽつんと転がっていた。
土曜日、朝8時。海は朝練へ。相棒もついさっき出社した。海は午前中で帰ってくるから、弁当は持っていってない。
ということは…。
相棒の会社に電話をする。誰も出ない。まだ仕事が始まってないのかと思い、後でもう一度かけることにする。
私が作った弁当を台所から相棒に届けるのは、子どもたちの役目だ。ついこの間までは、年上の海が弁当配達を独占し、チビの森はおはしと水筒しか持たせてもらえなかった。それがもとで、朝からよくけんかをした。やはり弁当が主役、森だって弁当が運びたい。海も、海だ。たまには譲ってやってもいいだろうと思うのに、自分が寝坊したとき以外は、情けのかけらもない。
その弁当を運ぶ権利が、海の中学入学、クラブ入部によって棚ぼた式に、森に転がり込んできた。いまや、朝起きて出かけることだけで必死の海。弁当のことなど気にする余裕もない。森はウハウハである。問題は水筒がやたら大きくて、弁当とおはしと水筒という3点セットを森の手では一度に運べないところにある。この日もまず水筒とおはしを運び、二階に行ったまま帰ってこない森を、もう一度呼んで階段のところで確かに弁当を渡した。それが、なぜ…。
父ちゃんの弁当を見た森は、さすがにまずいと思ったらしい。
「…忘れちゃったのぉ」と、泣きそうな声を上げる。
「電話してみるからさ」と私。
別に怒るつもりはない。けど、よりによって何で「今日」なんだという思いはつもる。今日はとっても変則的な日で、11時から立て続けに用事が2件入っている。手はずとしては、海が帰ってきたらすぐ、早めのお昼ご飯を食べて、全員で出かけなければならないのだ。
私の中で、「届けてあげたい」という思いと、「この忙しい日にばたばたするのはいやだ」という思いが交錯する。相棒の会社は自転車で30分。森と一緒に走れば45分。往復で1時間30分をいまからひねり出すのは正直つらい。だがどちらにせよ、連絡がつかないことには動きようがない。私は15分おきに電話をかけ続けながら、出かける前に終わらせるつもりの家事をこなし続ける。
9時。ようやく家事のめどがついた。動き出すならぎりぎりの時間。だが、いまだに電話には誰も出ない。私の方の踏ん切りはついた。
あきらめよう。やつは大人だ。財布も持って出ている。コンビニもある。何とかするさ。
森にもそのことを告げる。
「父ちゃん、お財布もってるからさあ。コンビニで買うよ」
「そうだね…」とまだ心配そうな森。
海が帰ってきて、みんなでお昼を食べた。仕方がないので、弁当もみんなで食べた。今日の弁当は、相棒の好きなゆで卵、忘れちゃいけない塩の分包、ちょっと珍しめのウィンナー、彩り豊かなミニトマトと緑の野菜。
いつもきんぴらと煮物の多い我が家の弁当にしては、色よく仕上がった傑作だったのに…。
「父ちゃん、食べ損ねちゃったねぇ」と海。だからといって遠慮するような子どもたちではない。たちまち、弁当は食べ尽くされる。
そして、私たちは用事を果たしに行った。
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夕方5時。そろそろ相棒が帰ってくる頃。子どもたちはどきどきで帰りを待っている。私もとっておきの「冷凍たこ焼き」の数を確認する。
「怒っていたらどうする?」
「いや、機嫌悪いくらいじゃない?」
「そしたらたこ焼き出せばいいよ」
「森ちゃん、謝るんだよぉ」
そのとき、相棒が帰ってきた。階段を駆けおりる子どもたち。
「とうちゃ~ん」「おかえり~」
「お弁当、なかったでしょ」
「買った?」
相棒は苦笑いしながら、答える。
「中に入ってから気がついたからさ、買わなかった」
ああ、やっぱり…。そういうこともあるかなあ、と思ってはいた。もともとけんかをすると、一食や二食、抜いても平気な経歴の持ち主だ。こころのどこかで、そういう事態もあり得るとは思っていた。子どもたちはちょっと怪訝な顔。私は明るく声をかける。
「たこ焼き、もってくるねぇ」
そして、相棒は皿にぎっしりともられたたこ焼きを食べ、さらにおいしい夕飯を食べ、私と相棒の間ではこの件は終わった。
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深夜12時。横に寝ている森がもぞもぞする。森は夜中に目を覚まして私がいないと、隣の部屋まで追ってくる子供だ。早起きしてパソコンに向かう充実した時間を、邪魔されたことは数限りない。しかし、今夜は私が横に寝ているにもかかわらず、ふらふらと隣の部屋に向かっている。いるのに気がつかなかったのかな、または寝ぼけたのかなと思い、後を追う。森は隣の部屋に入る。そこには相棒がまだ起きていて、何かをしていた。
奴の言うことによればだが、相棒の腕の中に倒れ込んだ森は、とっても悲しそうな顔をしていたのだそうだ。
父ちゃんに謝りに来たのかな。
というわけで、話はおしまい。
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