「声」を出すことで空間は変わる~カルタ&ウォークの報告

1月28日(土)、「さよなら原発ウォーク」が行われました。

 

私は「原発かるたで遊び隊」のために中央公園へ。でも、その前に茅ヶ崎公園で出発の見送りをしました。

 

Ya347  Ya348

 

午後2時過ぎ、広い中央公園には人影もまばらです。まず、「原発かるたの樹」の場所を、ステージに向かって右側と決め、テープをはりました。その作業を、集まってくる頼もしい仲間たちにまかせて、サポートセンターへ。預かってもらっているカルタの他に差し入れのポットやミカンもあって、大荷物。ちょうどそこにいた震災ボランティアさんたち(Tag)が、公園まで運ぶのを手伝ってくださいました。

 

読み札の隣に取った札を貼れるように、間隔を開けてはっていきます。

 

午後3時過ぎ、知った顔以外特に現れず、他にはサッカーをする親子が数組。どうする? でも、やっちゃえ~。

 

こうして「第一回原発かるた大会」はスタートしました。まず、広い範囲に絵札をおいていきます。今回はみんなに絵をじっくり見てもらいたいので、「表向き」に起きました。芝生の上に置かれた色鮮やかなカルタはとてもきれいです。

 

公園の敷石をスタートラインにして、大人も子どもも一列に並びます。

 

そしてマイクを持って、第一声。

 

「えいきょうは~ ないよ あくまでただちには~」 (本当は一枚目に何を読んだか忘れました)

 

この瞬間が一番勇気がいりましたね。そして一番やりたかったことでした。土曜日の、のどかな公園に響き渡る(よく聞くと)物騒で真実の言葉。

 

参加者は最高20名。他に通り掛かりの人が、木の間に下がっている札やカルタ大会の様子に目を止めて、立ち止まって行かれました。カルタのチラシもお渡ししました。

 

子どもはもちろん、大人も(妊婦さんも)、懸命に走りました。同時に走りこんで、ジャンケンで決着をつけたことも、芝生が舞い上がるほどの豪快なスライディングで、その一枚を勝ち取った子もいました。

 

そして、第一回目が終わった後に、一人のお父さんがこう言ってくださったのです。

 

「最初はどうなるかと思っていましたが、やってみると意外といいもんですね~」

 

そうそう。やる前にも議論はありました。こんな胸が痛くなるようなカルタを子どもとやっていいのか? 公の場でやっていいのか?

 

でも私は信じていました。「声の力」を。「言葉」はそれだけでも力をもつものですが、「声」として発せられ、空間に響きわたることでさらに力を増す、と。

 

それは「ストーリーテリング」を学んでいく中で、体験的につかんだことであり、実感でした。「言葉」が響き、それを共有することで何かが繋がっていくのです。

 

カルタを読んでいくとき、私はそれに自分の感情を込めず、ただ言葉のあるがままに空間に響かせることだけを念じました。

 

「らくのうか~ うしをうしない しをえらび~」

 

なんて、皮肉でほろ苦く、恐ろしい現実でしょうか。

 

でも私たちの住んでいる世界は、「美しくて暖かい」と同時に「皮肉でほろ苦い」のです。取り分け、3.11以降の日本に生きる上でそのことを無視することはできません。

 

ある人は、このカルタを評して「博物館に飾っておきたい」といいました。またある人は「忘れないように時々取りだして眺めてみる」と言いました。それもまたこのカルタの大切な役割だと思いますし、作者の古知屋さんの思いはまた別にあることでしょう。

 

けれど、私は「カルタ」であるからには「遊びたい」と思いました。それも大勢で。さらにできれば、広い場所で。そして走りまわってカルタを取りたい、と心の底から思いました。作者の了承と、多くの手助けを経て実現したこの「原発かるた大会」は、思った以上の効果を持っていました。どんな苦しいことでも、みんなで共有して、たまには笑いあい、そこから立ち上がる。

 

やがて、3時40分、ウォーク隊が中央公園に到着しました。

 

Ya349

 

Ya350 

 

ウォークだって同じことです。同じ場所に集い、歩き、声をあげて、思いを共有する。それは空間を変質させます。それは「まつり」です。「表現」です。もっと、もっと、多くの人が、この思いを共有し、表現してくださることを私は信じています。

 

カルタの写真は撮れなかったのですが、秋山理央さんのチャンネルでウォークとカルタの動画が見られます。この時の映像は、ウォーク部隊到着後の「第二階原発かるた大会」の様子です。 

rioakiyama さんのチャンネル - YouTube   
http://www.youtube.com/user/rioakiyama   
1.28原発デモ『さよなら原発ウォークinちがさき#1』7分21秒   
巨大『原発かるた』大会2分27秒

 

また、「さよなら原発★ちがさき」のブログも随時更新されていきます。

 

史上最多260人参加(「#1」ご報告その1)

 

Ya351

 

クマちゃんと公園で遊ぶ子どもたち。今日も一日、お疲れ様、そしてありがとう!

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「原発かるたで遊び隊」、ただいま「巨大かるた」作成中!

1月28日(土)、「さよなら原発ウォーク#1」が茅ヶ崎で行われます。今回は(サザン通りバージョン)の名前通り、茅ヶ崎公園から国号134号線を通り、サザン通りへ。そのまま北上し、ツインウェーブ、エメロードから、最終的に中央公園を目指します。

 

詳しくは↓

 

さよなら原発★ちがさき

 

その日、中央公園で私たち「原発かるたで遊び隊」は、茅ヶ崎在住の版画家古知屋恵子さんの「原発かるた」の拡大版、「巨大原発かるた」で遊んじゃいます。

 

思えば長い道のりでした。

 

「中央公園で『原発かるた』を拡大した巨大かるたで遊ぶ」

 

というイメージが浮かんだのは、作秋、古知屋さんの個展が「街路徐」』で開かれていた頃でした。当初は12月3日に企画され、荒天のため中止になった12月3日のウォークを目指していました。けれど、様々の事情で果たせず、結局ウォーク自体も取りやめになりました。それからもう2ヶ月…。

 

古知屋さんの了承が取れ、「あぱあぱの木」さんが企画に賛同してくれ、「さよなら原発★茅ヶ崎」さんから資金面でのアイデアをいただき、制作にかかってからも、もっとも手間とお金がかかるプロセスを影ながら支えてくださる人が現れ…。

 

今や、わたしだけの企画ではなく、多くの人の思いと時間がつぎ込まれた「みんなの企画」になりました。

 

「原発かるたで遊び隊」というのは、それらをすべてひっくるめた呼び名です。

 

拡大されたかるたのうち、何枚かは、ウォークと一緒に中央公園にやってきます。一方、

 

中央公園では3時くらいからのんびりかるたで遊んでいます。

 

当初はウォークの到着を待ってはじめるつもりでしたが、暗くなってしまうので、少し時間を早めました。

 

「巨大かるた大会」のイメージは、子どもの頃、雪国新潟のお正月に小学校の体育館でやった「かるた大会」のアイデアからきています。体育館中に「裏返し」におかれた「巨大かるた」を、走りまわってとりました。

 

そうなのです。「巨大かるた大会」では中央公園に「巨大かるた」を「裏返し」にばらまきます。だから、足が速い人が有利とは限らず、遅くても記憶力のいい人、勘のいい人、運のいい人、など、様々な人に勝機がある遊びなのです。

 

ね、遊んでみたいでしょ。

 

そして、そう思った瞬間から、あなたも「原発かるたで遊び隊」の一員で~す。

 

ウォークに参加される方、「原発かるたで遊び隊」は皆様が運んできてくださるかるたを、中央公園でお待ちしています。

 

そして、色々なことから「ウォーク」はちょっと…、でも「かるた大会」なら参加してもいい、とお思いの方は、3時頃中央公園にお集まりください。「読み手」も随時募集しています。あなたのお気に入りの一枚を中央公園で読み上げてみませんか?

 

Ya342 息子の「この一枚」

 

最後になりますが、心に響くかるたを作成し、その版画の使用を快く了承してくださった古知屋恵子さんに、心からの感謝を送りたいと思います。

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まつりごと(政治)と、まつり(芸術)の間

震災後アクションに関しては、新年はじめての発信です。

 

11/27の広河さんの講演会の後、ず~っと考えていました。ず~~~~~~~~~~~っと、です。

 

考えていたことは一つ。これからどう動くか。選択肢は大まかに言って二つありました。

 

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一つは、さらに行政に働きかけていくこと。たとえば、茅ヶ崎市は食品の放射能測定器を購入したが、給食を計測すると明言してはいない。また、食材には気をつかってくれてはいるが、一部にまだ?のものがつかわれていたりする。

 

例:小学校給食食材産地12月分から 「生しいたけ」岩手、山形。

 

学校給食に使用される食材の産地

 

12月に更なる陳状を出そうという案もあった。しかし結局取りやめたのは、市長や議会レベルではなく、直接の担当課(食品測定に関しては市民相談課)と話して、「誠意」を感じたから。給食の測定に関しても何度も話題に上った。結論は出ないけれど、これからも要求していく姿勢は変わらない。けれど放射能に関する業務は今まで「国」「県」が扱うものであり「市」という行政単位でできることには制限があると知った。その中で精一杯、努力してくださっていると感じたのだ。不満はあるし、チェックしていく意識は持ち続けていくつもりだけど。

 

食品測定器に関しては、4月からの一般開放を迎え、3月には説明会が開かれる。疑問がある方は出席し、ぜひ生の声を届けてほしい。

 

二つ目は、色々な形で展開されている脱原発活動に参加すること。これは11月の「虹のまつり」で田中優さんが言われた言葉と響き合っている。

 

もう正確な言葉は覚えていないけれど、「先頭で活動している人が後ろを振り返ったとき、そこにはまだ多くの人がいる。その人たちに届けることを忘れないでほしい」的な発言があり、それが心に響いたのだ。もちろん、私の目の前にも多くの人が走っていて、到底あそこまではできないなあと思うことはしばしばだ。けれど私にも何か伝えられることはあるし、幸い住んでいる地域の汚染がそれほどひどくない。事故後、本能的にとった防御態勢を一度解いて、周りを見渡してもいい時期だと感じた。

 

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仮に一つめを「まつりごと(政治)」の意識、二つめを「まつり(芸術)」の意識と呼ぼう。3.11以前、私は「まつり」の側の人間だった。それが3.11をきっかけにして、本能的にサバイバルスイッチが入り、「まつりごと」の世界に関わることになった。けれどその活動のさなかでも、常に「まつりごと」を「まつり」のサイドに引っ張り込もうとするのが私のスタンスだった。

 

なぜなら、太古、まだ人間社会が始まったばかりの頃、「まつり」と「まつりごと」は一体だったからだ。1万年以上かけて「まつりごと」は「まつり」を切り離してきた。それが人類史的なものであることは認めもしよう。けれどこの島国では、取り分けその乖離はひどく、「まつりごと」は、一部の人間が利益のためにもてあそぶゲームとなりはてている。

 

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一万年? それなに? って思うよねえ。でも私の頭の中はそんなスパンで動いているのです。そして、今回の出来事は1万年、10万年後にまで関わってくる話なのです。

 

つまり、今回の出来事は人類史的なエポックメイキングになり得るかもしれないのよさ。

 

「10万年後の安全」て映画見ました?

 

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「虹のまつり」で、地域で活動しているひとのひとりとして壇上に上げさせていただいたとき、A面とB面の話をしました。A面は上に上げた一つめ「まつりごと」に関わる話でした。そして時間がなくてできなかったけれど、もう一つしたかったB面の話は「まつり」の話でした。この両面は、引き離されてしまった「まつりごと」と「まつり」の間を埋める違った側からのアプローチなのです。つまり、両方が必要ということ。

 

私の今年の目標は、この両輪を回していくことです。そしてそれをつなぐ心棒は私の場合「からだ」です。人によって違うだろうけれど、案外3.11以前からやり続けていたことが、それぞれの心棒になっていくだろうという予感がするのよね。

 

それでは、新たなA面とB面の展開を楽しみにお待ち下さい。どちらも、もう動き出しています。

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からだの脱原発

1月13日、ワークショップ開催しました。昨年、10,11,12月のあぱあぱでのワークショップは、「上半身」「下半身」「骨盤」のテーマで行いましたが、今回のテーマは「頭」。

あぱあぱから連続して受講する方と初めての方のバランスをとっての選択。それと年末からお正月にかけて、いつもより運動量の少ない期間が続いただろうことから、首の付け根の可動性が落ちている人が多いのではないかと判断しての選択でした。

頭蓋骨、重いです。支えているバランスが狂うと、身体の他の部分に無理がかかります。

まず「呼吸」から。先日、子どもたちの遊びを手伝う機会がありました。そこで「かさ袋チャンバラ」をやったのですが、自分の息で「かさ袋」(スーパーの入口においてある、あの「なよい」奴)を膨らますことのできない小学生が多くて、結構びびりました。吐く息をそのまま吸って、いつまでも(袋が)ペコペコしている、なんてのはまだ笑えたのですが、肩が上がり、胸が縮こまって、呼吸が浅い子どもたちも多く見られました。

「呼吸」は止めることができません。生まれてから、死ぬまで続ける「運動」です。この機能をフル活用できている人は、実は滅多にいません。肺はもちろんのこと、肋骨、横隔膜、鎖骨、肩胛骨、背筋、腹筋、更には全身を巻き込んでの一大イベントは、充分に習得する価値のある運動です。どんなに忙しい人でも、「呼吸をしない」ことはできませんから。

他人(ひと)の身体を触って、肋骨がどれだけ動いているか確認。

続いて脱力で「頭」の重さを実感してもらい、相互に「タオルマッサージ」。皆さんの顔が上気して、安らかになり、赤ちゃんのような寝顔に。

そして、いつもの「お絵かき」。正確には「サイコキネティック・ビジュアライゼイション」といいます。(拙著「魂にささげるダンス」参照してね)

今回はテーマが「頭」だったせいか、色や形が「見えた」人が多かったです。この辺はまだまだ推測の世界。ワークを重ねることで明らかになってくるでしょう。

近頃ワークの時に語るようにしていることがあります。それは「からだの脱原発」ということ。

近代人は、からだを頭に従わせようとすることが多いです。頭が命令すれば、からだは動くと思っています。けれど、からだの各部分にもそれぞれ言いたいことはあり、その声を聞かないでいると、からだが動かなくなったり、ひどいときは「病気」という必死のメッセージを送ってきたりします。それはつまり日頃から、からだの声をよく聞いて不調未満で調整するようにすれば、大病にはかかりにくいということです。

この「頭の独裁制」というシステムは、「原発」というシステムによく似ている、と私は思います。大きな一つのシステムに頼るのを止め、ちいさい自然エネルギーを増やすことや、中央の価値観の押しつけによる地方の荒廃を食い止め、地域主体の町おこしに切り替えることは、からだの声をよく聞くことと繋がっています。

行政に働きかけていくことも、もちろん大事だけれど、自分の身体の使い方を変えることは今日からでもできる。そして、それを補助することが私の仕事かなあ、と心から思う今日この頃です。

 

次回のワークは3月を予定しています。会場の関係があり、日にち未定です。

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今年のワークショップ

あけましておめでとうございます。今年初めての更新です。12月はお休みしていましたので、ひと月ぶり以上ですね。まずは今年のワークショップの案内をさせていただきます。
1月は13日(金)、3月は16日(金)で、どちらも保育つきですが、1月の保育の申し込みは明日9日(月)までにお願いします。お一人で来られる方は、当日でも結構です。
一年をはじめるのに、今自分がどこにいるのかを確かめるよい機会になると思います。

「らいふ・イズ・あーと」 

  子育て中のママたちのために

「ひとりの身体を取りもどす」

 

「身体」の中で過ごす一生の中でも、子育ての時期は特別です。あなたの身体はあなた自身にとっての環境ですが、同時に小さいお子さんにとっての環境でもあるからです。よい環境でありたいと願うお母さんたちほど、自分の身体の声を忘れてしまっていたりします。

そういうお母さんたちのために、今回の「らいふ・イズ・あーと」には保育がついています。この時間は「ひとり身」になって、自分の身体と対話してみませんか?

簡単な動きを通して身体の声に耳を傾けたり、絵を描いたりすることで、自分の豊かさに気づくことができます。あなたの中にあるものはすべて大切な「資源〈リソース〉」です。あなたが自分自身であることで、お子さんを始めとする周りも豊かになるということを実感してみてください。

難しい動きはしません。まずは身体を動かすことで、一緒に何かを体感しませんか?

*ダンスの経験は必要ありません。身体を動かしやすい服装でおいで下さい。

日時〕 第1回 2012113日〈金〉10時~12

   第2回 2012年3月予定

〔場所〕 女性センター 和室

〔料金〕 各回1500円 

*保育は同じ施設の第二会議室(オモチャのある部屋)で行います。

ご希望の方は早めのご予約をお願いします(別途、保育料500円をいただきます)

「連絡先」 越地清美(こしじ きよみ)Tel : 090-1808-8959

  Email : wolfruns@gmail.com

  ブログ「やまんばさんのおうち」

http://yamanbasan.cocolog-nifty.com/blog/

 著書「魂にささげるダンス」(アートダイジェスト)

 

*「らいふ・イズ・あーと」は、90歳の在米ヒーリング・アーティスト、アンナ・ハルプリンの

ライフ/アートプロセスをもとに、越地清美が行うボディワークショップの名称です。

 

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真実を知り、選び取る未来~極私的メモ

先日の講演会冒頭の挨拶原稿をアップします。後援会に来れなかった友人、遅れてきた友人からのリクエストです。

 

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本日はお忙しいところ、たくさんの方にご来場いただき、ありがとうございます。

 

(事務的な連絡、省略)

 

わたしが何物かはどうでもいいことですが、一応自己紹介をいたします。

 

ただの市民の越地清美と申します。所属はといいますと、

 

愚かでヒステリックで、ネットで洗脳されやすい母親の一人です。

 

(笑いがあった場青)あ、笑っていただけましたね。みなさん。

 

(笑いがない場合)こまったなあ、ここで笑っていただかないと、続かないんですけど…。

 

もっと笑いましょう。笑いはいいものです。こころが柔軟になり、本当のことがしみこみやすくなります。

 

 

 

本日、お話しいただく広河隆一さんは、2004年3月より「一枚の写真が国家を動かすこともある」という信念の元に、日本では珍しく、大手企業からの広告費に頼ることなく刊行されている雑誌、「世界を視るフォトジャーナリズム月刊誌 DAYS JAPAN」の代表を努めていらっしゃいます。

 

わたしが広河さんを知ったのは、3.11以降に始めたツイッターからでした。それがきっかけで、同じくフォトジャーナリストである森住卓(もりずみ たかし)さんのブログにたどりついたのです。広河さんたちは3月12日の時点で郡山市に到着し、3月13日には福島第一原発から29キロ圏内での取材を開始しました。その結果、どういうことが明らかになったと思いますか? チェルノブイリでも振り切れなかった検知器の針が、振り切れたのです。私はその事実をネットで知りました。テレビや新聞ではありません。テレビではその時、「ただちに健康に影響はありません」という言葉が流れていました。

 

広河さんが現在力を入れていらっしゃる活動のひとつに、福島県内を始めとする「市民放射能測定徐」への支援がございます。本日受付で広河さんの著書を販売しておりますが、その中にはお買い上げいただくことが、即支援に繋がる著作もございます。休憩時間や講演後にぜひご覧になってください。

 

 

 

この講演会はあらかじめ決められた結論に、皆様を導こうという趣旨のものではありません。仮に目的があるとしたら、それは本当のことを知るためです。チュエルノブイリで起こったこと、福島で起こったこと、そして今、茅ヶ崎で、日本中で起こっていること。それを知り、こころで感じ、未来を選び取ること。

 

それが皆様にお願いしたいことです。そしてここにいらっしゃる方は、一人残らずそれがおできになるとわたしは信じます。

 

どうか皆様、広河さんのスライドとおはなしを目で見て、耳で聞いて、そしてこころで感じてください。

 

最後に、この講演会が実現するまでに多数の市民ボランティアの活躍があったことをお伝えして、私の話を終わりにいたします。

 

それでは広河隆一さん、お願いします。

 

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ここまで読んでいただいた方には一つ疑問が残るかもしれない。

 

はたして会場の人たちは、笑ったのか、笑わなかったのか?

 

答え: 爆笑とは行かないけど、まあまあの反応。

 

でもお陰ですっきりした。小学校6年生から抱えていたものが晴れた。

 

どこかで書いたと思うのだが、6年生の生徒会役員選挙の時、(当時は成績よし=優等生という間違った常識がまだ闊歩していた時代)、半強制的に立候補させられたのにふて腐れ、眼光も書かずに登壇し、冗談をかましたが受けなかった。その時の『体育館一杯分の白い沈黙』が、長らく私の中にしこっていた。

 

思いもかけなかったのだが、結果として今回それが晴れた。もちろん始めからそんなことを意図したのではない。

 

ウン十年ぶりでも、しこりが取れるのはいいものだなあ。

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つき動かしてきたもの ~広河さん講演会まとめ~

11/27の広河さんの講演会。200人以上の方にご来場いただきました。諸事情で来られなかった方も含め、お心を寄せていただき、ありがとうございました。シルバーから、熟年、現役子育て世代まで、幅広い顔ぶれでした。ご夫妻での来場が目につきました。お子さま連れ、赤ちゃん連れの方も。

 

「体調がよくないので、休みを入れながら話すかもしれない」と話し始める広河さん。やはり3/13の取材で検知器が振り切れるほどの場所に滞在したことが関係しているのかも。「僕だけマスクをしていなかった」

 

チェルノブイリ・福島を織り交ぜながらの話。今年6月刊行の「暴走する原発」に沿いながら、さらにエピソードを重ねていく。甲状腺がんにかかった女の子の話。気丈にしていたのに、手術室に入る直前に泣きじゃくり始めた。その話を聞き、そっと手を上げ目頭を拭う若い父親。

 

スライド&講演の内容は、先だって明治大学で行われたものと重なる。茅ヶ崎は録画ができなかったので、お時間のある方はぜひ。

 

広河隆一講演会*チェルノブイリと福島  @ブログ「ちびちゃんのお部屋」

 

講演後、質疑応答。ここからは他のどこでもない茅ヶ崎で起きたこと。後援会に来た人と広河さんの化学反応。

 

5年生の子の「3月に(親と)大阪に行ったのは正しかったのですか?〉という質問に答えて「逃げられなかった人もたくさんいる。そういう両親を持ったことを誇りに思うべきだ」

 

DAYS JAPAN最新号の「米軍爆弾処理班」の取材時に、地雷を踏んでしまいそうになった広河さん。「広河さんを突き動かしているものは?」の質問に、ひとつひとつの出来事・出会いに導かれてきたと。村に行き、去年元気だった人が亡くなっている/逃げている。それが気にかかり、また尋ねていく。そんなことのくり返しが今へと続いている。

 

数日経って届いた友人からのメール

 

「広河さんの行動の原動力は、出会ってきたひとりひとりへの想いからなのだということがよくわかりました。   
ひとりの幸せを願うことがすべての人の幸せを願うことなのだなと改めて思います 」

 

88年、広瀬隆氏との共著「4番目の恐怖」の取材時までは「(原子力について)」無知だった」と語る広河さん。あの広河さんにもそんな時があった、そしてそれを語ってくれたというのは驚き。いま無知なのは罪ではない。無知であると知って学ばないのは罪。いま、いるところで自分の出来ることを。

 

もう一人から届いたのはこんなメール。

 

「『じゃあどうしたらいいのか』多分答えは出ないのかもしれませんが、知らないでいる又は関心を持たないでいるのが一番愚かだと思うので、ずっと迷いながらも考えていこうと思います」

 

日曜日の講演会では広河さんの「情」の部分まで垣間見ることが出来て、胸が熱い。まだ余韻が残っている。それを引き出したのはきっと会場のみんなの真剣なまなざし。サインまでしてくれて…。

 

茅ヶ崎の3週間連続イベントは始まったばかり。明日へ。

 

(この記事はツイッターしたものを元に手を入れました)

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ロード・トゥ・ミラクル@脱原発~茅ヶ崎・奇跡への道

昨日、茅ヶ崎で素晴らしい集まりがありました。「フェア・トレードかフェあぱあぱ」のオーナー恵子さんの呼びかけで、11月27日から3週間にわたりくり広げられる脱原発イベントに関わる人達が集まったのです。

 

まずは、11月27日(日)広河隆一講演会の司会・進行を勤めるやまんば、こと私。続いて12月3日(土)「さよなら原発ウォーク」を主催する「茅ヶ崎9条の会」の岡本さん、 12月10日(土)野呂美香さん、まーちゃんバンド、田中優さんの豪華メンバーでお送りする「虹のまつり」の仕掛け人恵子さん、そしてひとみちゃんを含む何人かの「原発卒業だよ。全員集合」のメンバー。

 

他二つのイベントはこちらからどうぞ。

 

さよなら原発★茅ヶ崎 (お、もう対応してらっしゃる。早いな岡本さん)

 

12/10『虹のまつり2011』@茅ヶ崎

 

そもそもはひとみちゃんの思いつき、この3つのイベントを一緒に載せたチラシを作ろうという呼びかけから始まったこの集まり。喋りに喋った2時間の中で、数多くの思いつきや気づきがありました。そしてこの流れを勝手に

 

 

「ロード・トゥ・ミラクル@脱原発~茅ヶ崎・奇跡への道」

 

として、応援していこうという合意が得られました。

 

もちろん、それぞれのイベントに関わっている方の全ての思いをくみ上げたわけではない。たまたま集まったメンバーの

 
勝手な応援
 

と思っていただければいいのですが、それにしても、ちょっとこれってすごいことですよ!!!

 

広河さんの講演会、チケットもまだ大丈夫。全ては参加できなくても、自分の出来る範囲で一緒に楽しみませんか?

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11月27日(日)@茅ヶ崎 広河隆一講演会

やっと、この記事が書ける。

 

11月27日(日)、茅ヶ崎市JAさがみで「DAYS JAPAN」編集長 広河隆一氏の講演会が開かれる。ここ半時間程、チラシのPDFをアップしようと格闘していたが、果たせなかったので、情報をベタ打ちさせていただく(どなたか方法をご存じの方ご教示ください)。

 

「もう原発はいらない 子どもたちを放射能から守ろう」

 

3.11の被害日本大震災より、わたしたちの暮らしが大きく変化しました。絶対に安全だといわれていた原発が事故を起こし、現在も進行中で終息する気配すら見られません。また、事故により、空気、水、土壌、食物の汚染を気にしながら生活をしなければならない状況となりました。

 

次世代を担う子どもたちを守るために、今、私たちは何をすべきか?フォトジャーナリスト広河隆一氏がチェルノブイリ、福島の真実を、力強い写真とともに語ります。

 

私たちの未来、子どもたちの未来を一緒に考えましょう。

 

日時 21011年11月27日(日)13:30~16:00(13;00受付)

 

会場 JAさがみ茅ヶ崎支店

 
地図画像
 

 

参加費 300円(チケット販売中) 定員300名

 

託児有 先着20人以上(2歳以上) 要事前申し込み(くさか景子事務所)

 

*お子さん連れの方はご相談ください。(保育対象外の子どもは同伴が可能です。ただし講演の妨げになるような場合は、一旦退場していただくなどの配慮をお願いします。*筆者注)

 

神奈川県議会議員 くさか景子事務所

 

Tel&Fax 0467-58-0290   email:future@grace.ocn.ne.jp

 

市議会議員 早川仁美 神奈川ネット茅ヶ崎事務所 Tel&Fax 0467-40-5944 email:knet.chigasaki@gmail.com

 

市議会議員 小磯妙子  email:taekoko@mub.biglobe.ne.jp

 

(ただの市民*筆者注) 越地清美 email:wolfruns@gmail.com

 

以上です。

 

広河氏についての心のこもった紹介は、陳情にも駆けつけてくださった桜おばあちゃんのブログでどうぞ。

 

おばあちゃんのねがいごと

 

また、後で!!!

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フクシマ以後、「焼きイモ」について語るときにわれわれが語ること

焼きイモの季節だ。わたしが関わっている「ちがぼ~」でも、毎年「焼きイモ大会」をしている。「ちがぼ~」の「焼きイモ大会」は、森の畑でサツマイモを掘ることから始まる。「芋掘り」と「焼きイモ」を一日で満喫できるお腹たっぷりコースなのだが、今年はその前に一度立ち止まって考えてみることにした。

 

なぜならフクシマの原発事故の後、東北から関東一円の地面には、多かれ少なかれ放射性物質が降り注いでいる。「ちがぼ~」は当初から危機感を持ってシンチレーション式ガイガーカウンターを購入し、森や畑を計測してきた。幸いなことに森の線量は茅ヶ崎市内と比べて時に高いということはなかった。更に茅ヶ崎市の空間放射線量は、関東の中でもかなり低い値にとどまっている。4月から「ちがぼ~」では、計測した値を公表し、その上で冒険遊び場を開催してきた。

 

市民の森放射能測定値

 

さらに9月の時点で、「ちがぼ~」は「市民の森と畑の土壌計測」を藤沢市の民間機関(有)バイオクロマトにお願いしている。結果は

 

市民の森(下の広場/中央) セシウム134 48.7Bq/Kg (採取日9/5)

 

市民の森(畑) セシウム134 58.4Bq/Kg (採取日9/5)

 

諸事情によりセシウム137は計測できなかったのだが、134と137の比率はアバウトなら1:1であることから推測すると、森もは竹も100Bq/Kg前後だと思われる。

 

ちなみに神奈川県で土壌を計測した数値には県の発表した

 

県内の農用地土壌の放射能濃度について

 

がある。この値と比較すると市民の森の方が高いような気がする。けれどこれにはトリックがあって、県の値は

 

「作土層である表面から深さ15cm~25cm程度(作土層の厚さの違い)までの土壌を均一に採取」した結果で、市民の森を計測するとき採取した土は、

 

表面から5㎝。

 

そして、「サツマイモはセシウムを吸収しやすい」という事実。

 

サツマイモに限らず、カリウムを吸収する植物は、セシウムを同時に取り込む。

 

一時、「藤沢市のサツマイモからセシウムが出た」という噂が飛び交っていた。この事については以前のブログで取り上げた。

 

サツマイモからセシウム

 

結果として「藤沢市のサツマイモからセシウム」が検出したという記事を見つけることは出来なかった。

 

それに加えて、「木や枯れ葉を燃やして大丈夫なのか」という疑念もないわけではない。

 

はてさて、どうするか? ここで話し合い、なんたらかんたら、なんたらかんたら…。

 

結果だけを書くと

 

わたしたちは焼きイモ大会をいつもの通りすることにした。

 

理由は

 

「今までにセシウムが検出されているサツマイモが取れた土地と比べて、市民の森の放射線量が低いこと」

 

「リスクと利益を秤にかけて、やはりみんなで焼き芋がしたい」で全員一致したこと。

 

そう、たかが焼き芋、されど焼き芋。その焼き芋をするためにわたしたちはこれだけのことを検証し、議論しなければならなかった。ここにも、わたしたちの失ってしまったものがある。

 

もちろん、絶対安全だとは言えるはずなどない。多分、今そんな場所は東北関東圏のどこにもないだろう。フクシマ以後の世界を生きるということはこういうことなのだ。

 

後は個人の判断にお任せする。

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